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東京高等裁判所 平成6年(ラ)127号 決定

抗告人 株式会社さくら銀行

右代表者代表取締役 末松謙一

右抗告代理人弁護士 松尾翼

奥野久

志賀剛一

森島庸介

相手方 株式会社泉地所

右代表者代表取締役 松岡真巳

右抗告代理人弁護士 南博之

主文

原決定を取り消す。

理由

一  当事者の求めた裁判

1  抗告人

主文と同旨

2  相手方

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

二  抗告の理由及びこれに対する相手方の反論

抗告の理由は、別紙抗告理由書≪省略≫のとおりであり、これに対する相手方の反論は、別紙答弁書≪省略≫のとおりである。

三  当裁判所の判断

当裁判所は、本件抗告は理由があり、これと結論を異にする原決定は取り消しを免れないと判断するものであるが、その理由は、次のとおりである。

1  本件の事実関係

一件記録によれば、本件の事実関係は、次のとおりである。

(一)  平成五年八月二六日 滌除通知が抵当権者である抗告人に到達した(したがって、増価競売の請求期限は、同年九月二六日となるところ、同日が日曜日のため、翌二七日に満了となる。)。

(二)  同年九月二二日 抵当権者である抗告人は、東京都中央区の京橋郵便局から東京都港区新橋二丁目に所在する第三取得者である相手方の事務所宛てに内容証明郵便で増価競売請求書を発送した。

(三)  同月二四日 抗告人は、横浜地方裁判所川崎支部に対し、増価競売の申立てをした。

右申立書には、前項の増価競売請求書が添付された。

(四)  同月二七日 同支部は、増価競売の開始決定をした。

(五)  同月二八日 増価競売請求書が相手方に到達した。

(六)  平成五年一〇月一日 抗告人は、民法三八四条一項に規定する期間内に増価競売の請求をしたことの証明として、増価競売請求書が同年九月二八日に相手方に到達した旨の配達証明書を執行裁判所に提出した。

(七)  同年一一月二二日 相手方は、(四)項の増価競売の開始決定に対し、執行異議の申立てをした。

(八)  同年一二月二八日 執行裁判所は、(四)項の増価競売の開始決定を取り消す旨の決定(原決定)をした。

2  判断

(一)  増価競売の請求の適法性

債権者は、滌除の申入れを拒絶するときは、滌除の通知の送達を受けた後一か月内に第三取得者に対し、増価競売を請求しなければならない(民法三八四条一項)。そして、増価競売請求書は、原則として、右期間内に第三取得者に対し到達することを要するが、通常ならば当然法定の期間内に右書面が到達するであろう時期に右書面が発送された場合には、仮に、右書面が到達せず、あるいは期間経過後に到達したときであっても、増価競売の請求は適法にされたものと解するのが相当である。

前記事実関係によれば、本件においては、増価競売請求書は、法定期間の満了日である平成五年九月二七日の五日前である同月二二日に、東京都中央区の京橋郵便局から東京都港区新橋二丁目に所在する相手方の事務所宛てに内容証明郵便で発送されたことが明らかであり、この間に土曜日を含めて三日の休日が介在したことを考慮しても、右の期間は、発信地及び到達地の距離並びに当時の郵便事情(当時、郵便事情が悪かったこと及びそのような事情が一般人に周知されていたことを認めるに足りる資料はない。)に照らせば、通常ならば当然法定の期間内に右書面が到達するであろう時期に右書面が発送された場合に当たるというべきである。

確かに、本件においては、増価競売請求書が延着したことについて、相手方の責めに帰すべき事情は認められない(芝郵便局が九月二四日に配達を試みた際、相手方が不在であった旨の同郵便局の回答は、相手方が提出した資料に照らし信用できない。)から、大審院決定昭和五年七月二六日の事例とは、事案を異にするが、抗告人に対し、さらに余裕を見て増価競売請求書を発送すべきであったと要求することは、抗告人に対して酷であり、抵当権者と滌除権者との利益衡量上相当でないと考える。

したがって、本件においては、増価競売の請求は適法にされたものと認める。

(二)  民法三八四条一項に規定する期間内に増価競売の請求をしたことの証明について

右証明の対象は、増価競売請求書が法定の期間内に第三取得者に到達したこと又は増価競売請求書が第三取得者に対し、通常ならば当然法定の期間内に到達するであろう時期に発送されたことであるが、後者の場合において、抵当権者が増価競売の申立書に発送日付の証明のある増価競売請求書を添付したときは、右発送の日付と増価競売の請求の期間満了日との間に通常であれば当然法定の期間内に右書面が到達するであろう日数以上の間隔があると認められればそれで十分であり、それ以上に、法定の期間内に右書面が到達した旨の証明書の提出を要しないというべきであるところ、前記事実関係によれば、抗告人は、増価競売の申立書に法定の期間満了日の五日前である平成五年九月二二日に発送された旨証明された増価競売請求書を添付したことが認められるから、右証明はなされたものというべきである。

(三)  以上のとおり、抗告人がした増価競売の申立ては、適法というべきであり、これを不適法として、増価競売の開始決定を取り消した原決定には、民法三八四条一項の解釈を誤った違法がある。

よって、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 山下薫 裁判官 高柳輝雄 中村直文)

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